2005年 北海道大 文系 第一問
(問題)次の文章は山内美郷「完全な会話」の全文である。読んで設問に答えよ。
小学校の時から電車通学だったので、朝のラッシュアワーの満員電車とは切っても切れない関係でしたが、幸いここ何年かは全く1エンがなくなっていました。ところが先日、朝早い用事ができて、どうしてもラッシュアワーの電車に乗らなければならなくなったのです。
駅に到着した電車はすでにもう満員に近い状態でしたが、そこはそれむかし取った杵柄で、我ながら実に2ヨウリョウよく、比較的すいている奥へ入り込んで行きました。
つり革につかまると、かえって不利なのを知っていましたから、つり革とつり革の通路で電車の3シンドウに身をまかせていたのですが、次の大きなターミナル駅で到底入りきるはずのない人数の人がどっと乗って来てしまったのです。私はアッという間につり革へ、つり革から4アミダナへとつかまる位置を替え、とうとう窓わくに手をついて体を支えるところまで押し出されてしまいました。私の前、というよりも5フトコロの中に座っていた人が膝の位置を工夫してくれたので、私は何とかなりましたが、気の毒だったのは私の隣の男です。前に座っている男が片足を引っこめないので、のめったような6カッコウでした。彼の顔は見る見る赤くなり遂に堪忍袋の緒が切れました。
「足を引っ込めろよ!」
座っていた男は視線を落としたア無表情な顔のまま、ペコッと頭を下げました。そのとき私も、怒鳴った男も、彼の迷惑な片足が良くできた義足であることに気づいたのです。
隣の私にも分るほど、A怒鳴った男は自分の言ってしまった言葉に傷ついていました。座っていた男はその男が傷ついていることに気づいて、初めてイ優しい表情のある視線を彼に向けました。怒鳴った男と怒鳴られた男、二人の視線がそのときぶつかりました。それは一秒にも満たないほんの一瞬のことでしたが、どんなに長い言葉でも文章でも表わせない、それはB完全な会話でした。
コンピュータがどんなに進歩しても人間にはかなわないと思いました。
問一 傍線部1~6の片仮名を漢字に改めよ。
問二 傍線部Aについて、なぜ怒鳴った男は、自分の言った言葉に傷ついたのか、四十五字以内で説明せよ。
問三 二重傍線部アとイの違いを対比させて、怒鳴られた男の心情の変化を八〇字以内で説明せよ。
問四 傍線部Bについて、筆者はどうしてこのやりとりを「完全な会話」と考えたのか、四十五字以内で説明せよ。
(解説)
北大国語は2005年度まで、2題のうち1題が、本問のような随筆の問題であった。現行の教育課程となってからは、文学部と教育・法・経済学部が共通の問題となり、以後、論理的文章が2題出題されている。
問二
以下、問三および問四とも共通するが、本問題は、随筆からの出題であるため、ある程度自分で論拠の省略を補うことが求められる。
怒鳴った男が傷ついたのは、自分が言葉を発した後で、彼が義足の持ち主であることに気付いたからである。また、身体の不自由な彼に対する、「足を引っ込めろよ!」という発言は、軽率かつ不用意なものであったからである。解答としては、これら2点を中心にまとめればよいが、傍線部Aの構造を考えると、自分の言葉に対する反省、といった内容も含めたいところである。
問三
傍線部アでは、怒鳴った男が、まだ隣の男が義足の持ち主であることに気付いていないが、傍線部イでは、それに気付き、さらに自分の不用意な発言に対して気に病んでいる。さらに、義足の持ち主は、それを察し、「優しい表情のある視線を彼に向け」たのである。
つまり、簡単にまとめれば、傍線部アでは、男に怒鳴られたために半ば義務的に謝意を示したが、傍線部イでは、男が自分の発言に気を病んでいることを察し、これ以上気に病まないように気遣った、という論理関係である。これを中心に、八〇字程度でまとめる。
問四
傍線部Bを含む一文の主語は、「それ」という指示語であるから、この内容を明らかにすると、「二人の視線のぶつかりあい」ということになる。つまり、言葉が用いられない、視線のぶつかりあいを、筆者がどうして「完全な会話」というのか、その逆説的な内容を説明する問題に帰着できる(ただし、解答の構文は、設問の要求を満たすこと)。
ここからは、自分で論拠の省略を補う必要がある。「会話」の役割が、「互いの意思を通じさせること」と理解できれば、二人は、言葉を介することなく、互いの意思を十分に疎通しあうことができた、と理解することができる。なお、傍線部Bが「『完全な』会話」となっている以上、二人の意思は、十分に疎通しあえていると考えられ、それも解答に含められるとよい。
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